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zoom RSS 映画『J・エドガー』/老けメイクは大変だ

<<   作成日時 : 2012/02/04 22:38   >>

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イーストウッド映画にジャック・ニコルソンが出る日はくるのか。

いや、特になんの根拠もない。ただ単純に、老けメイクを施したディカプリオが、なんとなくニコルソンっぽい顔だと思っただけ。今の時代に、ここまで古典的なメイク顔を、大真面目なドラマに堂々と登場させるあたりにイーストウッドらしい悪意を感じるが、そもそも今作で、老けメイクをしていないのに老けている女性がひとりいる。ジュディ・デンチだ。この顔を見て、あ、イーストウッド的な顔だ、と思ったのは自分だけではないはず。過去に『スペース・カウボーイ』(00年)、とりわけ『ミスティック・リバー』(03年)で忘れられない顔を披露していたマーシャ・ゲイ・ハーデン。おそらく彼女に老けメイクを施したら、そのままジュディ・デンチになるに違いないからだ。となると、老年期のフーヴァーを老けメイクのディカプリオではなく、生ニコルソンが演じてもよかったのかもしれない、という気もしてくる。それで冒頭のつぶやきが発せられたのだろう。まあ、それは冗談。ここでニコルソンが出てくる必然性はまるでない。
しかしよくよく考えると、監督にとってみれば、設定上老けるんだからメイクしといてね、で終わり。なんら苦労はない。間違っても、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(08年)のデヴィッド・フィンチャーのように老けて生まれたブラピをCGなどで苦心して若返らせるなんていうことに心血を注いだりしないのが、 イーストウッドのイーストウッドたる所以だろう。大変なのは老けメイクを施すスタッフと、なんといっても施される役者本人である。

ディカプリオとともにイーストウッド映画デビューを果たしたナオミ・ワッツは、出番の半分近くを老けメイク顔で演じるはめになったわけだが、これは女優にとってどうなのだろうか。しかし老けメイク顔のナオミ・ワッツはなかなか凛とした美しさを見せていた気がする。これはニコルソン的なディカプリオとは大きく違っていた。ナオミ・ワッツ扮する女性は、フーヴァーの秘書として、あくまで職業的な関係を全うすることを誓う。それはラストに、フーヴァーの死後、ニクソン配下が奪いにくる極秘ファイルを感情を見せずに処分することで完結されるのだが、その毅然とした態度が、老けメイクを半分近くさらすことを引き受けたナオミ・ワッツの女優としての職業精神と強くリンクしたからかもしれない。いや、わからない。単純に、俺がナオミ・ワッツという女優を好きだからという理由、そしてそのナオミ・ワッツを半分近く老けメイクさせたクリント氏に対する憎しみをやり過ごすための、強引な思い込みに過ぎないという気もしてきた。

なんとも酷い感想である。

(1/28、丸の内ピカデリー)





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