活劇とグルーヴの日記

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zoom RSS 映画『Peace』『大鹿村騒動記』

<<   作成日時 : 2011/08/11 02:06   >>

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『Peace』(10年、相田和弘)
泥棒猫のまなざし。あくまで遠くから眺めていた彼が、いかにしてほかの猫たちの中に入り込んだのか。いつ猫たちはこの泥棒猫の侵入を許すようになったのか。そのきっかけを思い出せない。しかし確かに状況は変わったのである。毎日奥さんに嫌がれながらもノラ猫たちにエサをやり続ける監督・相田の義父でさえも、その変化のきっかけは分からないようだ。義父は、高齢者や障害者を病院などに送り届ける福祉車両のボランティアをやっている。その中に、なぜか工事用ヘルメットを被った非常に愛嬌のある男性が出てくる。この男性が、足を引きずるような歩き方で、自宅から車両の停めてある通りまで(それなりに距離がある)歩く様子を、カメラは後ろからじっくりと追う。その確かな距離を感じさせる、持続する時間がいい。その時間は、この男性がいつもその距離を歩くのに要する時間なのだから、そこで編集したら何の意味もないことをこの監督はじゅうぶん知っている。また、さんざん車の中であーだこーだしゃべった後、義父とその男性が回転寿司を黙々と食べる顔が素晴らしい。ウマいものを食べている時の人間の顔。ミルクをなめる猫たちとなんら変わりはない、のかもしれない。この映画の重要な被写体となる橋本さんという老人(現在は亡くなっている)の家も、通りから少し奥まった所にあり、世間から隠れるように路地の暗がりにひっそりとある。そこへ、ヘルパーなどを派遣するNPOで働く義父の奥さんが、定期的に様子を見に訪問するのだが、向かう前にいつも虫よけスプレーをたっぷり(自分とカメラを持つ監督に)ふりかける。蚊が多いからということだが、なんだか一種の儀式のようにも見える。訪問を終えた義父の奥さんが帰る後ろ姿をカメラは追わず、今度は家と通りの中間地点で見守る。それが一層、このひとりで暮らす老人の住まいを、“聖域”といったら大げさだが、何やら特別な空間に感じさせる。その空間にカメラを通してずけずけと入り込む観客は、一種の後ろめたすら覚えるかもしれないが、後半、そうした空間で、唯一の愉しみだというタバコの「Peace」を吸いながら、この老人が不意に自身の戦争経験を語り出す時の、思わぬ瞬間に出くわしてしまった感覚は、やはりドキュメンタリー映画でなければ味わえない。「観察映画」恐るべし。(8/1、イメージ・フォーラム)

『大鹿村騒動記』(11年、阪本順治)
冒頭、まるで路線バスの運転手に見えない佐藤浩市が姿を現した瞬間に感じる違和感は、その後も映画が終わるまでぬぐい去ることはできなかったにしろ、また、「今回はフェリーニで行く!」と決めた阪本順治の以前から気がかりではあった危うげなギャグ・センスが画面を暗く覆っていくにしろ、とりあえず観ておくべき映画だと言っておきたい。もちろん本作が名優・原田芳雄の遺作というのもその理由のひとつだけど、デビュー作以来の付き合いである原田を初めて主役に据えた今作での、阪本の演出のぎこちなさこそが貴重。低予算で、2週間しか撮影期間がなかったのがかなり響いているとはいえ、まるで新人監督のように、不器用な手つきで被写体と対峙し、映画を作り上げていく感じが伝わってくる。故・原田にとっても阪本にとっても、最上の作品とは言えないだろう。しかしそれが何ともむず痒くも新鮮である。が、何より、テレビ局を中心にカネが回る安易(だが強力)なシステムが常態化して久しい昨今、こうしたヴェテランたちがそうしたシステムとは無縁の体制で映画を撮っている事実が重い。(8/4、丸の内東映)




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